多様なカルチャーに精通するショップオーナー、クリエイターの証言からGramicciの多面的な魅力を紐解くイン タビュー連載『Stance』。第12回は、カナダを拠点とするクライミング・コミュニティ『Balancing Acts』のファウンダーであるBenjamin Fenton(ベンジャミン・フェントン)をフィーチャー。Gramicciとも縁が深く、クライミングとクリエイティブを橋渡しする存在であるBenにとって、Gramicciはどのように映るのだろうか。

ー Benにとって、Gramicciはどんなブランドに見えていますか?

 

Ben:Gramicciは子どもの頃からずっと憧れのブランドだったんだ。いつも身近にあって、でも主張しすぎない。当時から良い意味で“前に出てこない”存在というイメージがあって、それは今もあまり変わっていない気がするね。着られて、使われている一方で、多くを語られないブランド、というか。

 

ー Benが最初にGramicciとコネクションを持ったのはいつ、どのようなタイミングで?

 

Ben:20代前半、まだ大学に通っていた頃だったかな。当時、自分の部屋の家具を使ってクライミングするような、ちょっとふざけた動画をたまにインターネットに投稿していたんだ。その頃はクライミングからは少し離れていた時期だったけれど、何かしらのかたちで表現は続けていたいなと思ってね。

ー なるほどね。それで?

 

Ben:そんなとき、STUSSYで働いていた友人のAntoshが僕の活動に注目してくれて、Gramicciとのコラボプロダクトのルック撮影で「部屋で登ってるところを撮らせてほしい」と声をかけてくれたんだ。あのときは、「ちゃんと見てもらえた」と強く感じたな。自分の中にあった2つの異なるのアイデンティティが、人生で初めて交差して、認められたような感覚があった。

 

ー Benにとっても感慨深いものがあったんですね。

 

Ben:そうだね。撮影自体は大げさなものではなくて、本当に1時間くらいのラフなものだったんだけど、それでもすごく光栄だったよ。そのときのギャラも額縁に入れて飾ったくらい(笑)。

 

ー あはは。憧れや、リスペクトのような感覚があったというか。

 

Ben:僕にとってGramicciは、ちゃんとした技術や実力があるけれど、どこか肩の力が抜けていて、ユーモラスな生き方を象徴するブランドでもあるんだ。クライマーにもそういう人ってたくさんいて、ふざけて見えたり、だらしなく見えたりする人たちが、実はとんでもないことをやってのけるだけのスキルを持っていたりするんだよね。そういう感覚を体現しているブランドだと思うよ。

ー Gramicciはもともと機能性に特化したクライミングブランドでしたが、 STUSSYなどとのコラボレーションを通じて、やがてストリートやライフスタイルの文脈にも受け入れられていきました。クライマーとしての目線から見て、このような派生はどう感じる?

 

Ben:Gramicciがいろんなシーンに受け入れられているのは、根本がとてもシンプルだからだと思うよ。タフで、動きやすい。それだけで充分なんだよね。ブランド側が「こうあるべき」と押しつけてくるわけでもなくて、ただ着る人がありのままでいることを容認してくれている。そういう余白があるからこそ、いろんな文脈に自然と馴染んでいくんじゃないかな。

 

なるほど。確かにそうですね。

 

Ben:ストリートウェアって、もともと機能性を求めるものだと思うんだ。それでいて“人”を映すものでもあり、社会を生き抜くための一種のアーマーでもある。だからこそ、シーンでパフォーマンスのある服に注目が集まるのは自然な流れだと思うよ。

 

ー Benの目線から見て、クライマーたちのあいだで、 クライミングを通した自己表現は以前よりも活発になってきている?

 

Ben:この10年を振り返っても、すごく活発になってきていると感じるよ。競技として広がっていくのに伴って、そこに持ち込まれる服やスタイルもどんどん多様になってきている。すごくいい流れだと思うよ。クライミングの面白いところって、誰でも始められて、人生の中で何度でも離れたり戻ったりできるところにもあると思っていて。7歳から70歳まで続けられる、そんなスポーツってなかなかない。その懐の広さが、スタイルの多様さにもつながっているんだろうね。僕自身、自分なりのスタイルや好みはもちろんあるけれど、新しいものには前向きでいたいし、歓迎したい。それぞれが自分のいるカルチャーやバックグラウンドから持ち込んでくる“色”を見るのが好きなんだ。

ー Ben自身はクライミングをする際、服にはどんな機能を求めている?

 

Ben:クライミングの目的によって結構変わるけれど、すごくシンプルに言えば、やっぱり一番は“快適さ”だと思うよ。あとは、有機的な自然の中にいるときに、化学繊維の服を着ていることに少し違和感を覚えることもある。機能的に考えれば、もちろん合成素材のほうが優れている場面も多いんだけどね。ただ実際にはずっと岩に登っているわけではなく、自然のなかに身を置いて、その静けさや没入感を味わっている時間のほうが長かったりもするから、環境の“空気感”に合う服を選びたくなるんだ。機能だけじゃなくて、その場のエネルギーにちゃんと馴染むもの、というか。そういう感覚は大事にしているよ。

 

ー やっぱり、どんな服を着るかはある種のスタンスやアイデンティティを表現するものですよね。

 

Ben:もちろん。スケートが長年そうであったようにね。クライミングの中でも、もっとそういう表現が増えていったらいいなと思う。もっとパンクな人たちがいてもいいし、“ヘッシュ”と“フレッシュ”みたいな対立や多様性があってもいい。僕がまだ幼かった90年代には、そういう空気感がすごく色濃くあったんだ。本当はもっとちゃんと体感できる年齢でいたかったと思うくらい、あの時代のクライミングはラディカルだった。今また少しずつその空気が戻ってきている感じはあるけれど、数十年前は本当に独特なシーンだったんだよね。あの感覚から学べることは多いと思う。表現があるということは、そのコミュニティがちゃんと生きている証拠でもあると思うから。ある特定の世代のクライマーたちはパンツに強いこだわりを持っていて、彼らはショーツを穿くくらいなら死んだほうがマシだとさえ思っているよ(笑)。パフォーマンスはさておき、汗だくになりながらでも自分のスタイルを貫いている。その感じがすごくクールだと思うんだ。これからは、もっとそういうエネルギーが増えていくといいよね。

ー ところで、Benはクライマーの一家で育ったんですよね。クライミングにまつわる古い記憶や、クライミングが身近にある環境でどのような影響を受けたのか教えてください。

 

Ben:僕には10歳ほど年上の兄が二人いて、僕が歩き始める頃には彼らはプロクライマーのような存在だった。その頃の僕は彼らにとって実験対象みたいなもので、“トレーニング”と称して毎晩寝る前にドア枠にぶら下げられていたんだ。「5回懸垂ができないと降ろさないからな」って。5歳のときだよ? ひどいよね。

 

ー それはハードな幼少時代ですね。

 

Ben:地面が何マイルも遠くに感じて、泣きながら必死に懸垂したことは今でも覚えているよ(笑)。正直、嫌だったし、「なんでこんなことをさせられるんだ!」と思っていた。でも同時に、そんな時間が好きでもあったんだ。

 

ー 嫌いでもあり、好きでもあった。

 

Ben:変な話だけどね。兄の加重懸垂のために、彼の足にぶら下がっていたことはとても良い思い出だよ。僕らの家では、クライミングは特別なアクティビティではなく、空気のように当たり前に存在していたんだ。十代の頃は、部屋の窓からロープを使ってこっそり抜け出していたし、家の外壁にホールドを打ち付けて登り降りするのも日常だったしね。

 

ー まるでアスレチックで遊ぶかのような。

 

Ben:そう。僕にとってクライミングは、“遊び”から始まっているんだ。競技としてのハイレベルなクライミングも経験したけれど、今もどこか“遊び”だと思っているところがある。もちろん真剣だし、ルールやモラルがあることも理解しているよ。僕にとってクライミングは、動いて、笑って、挑戦して、仲間たちと時間を共有するためのものなんだ。

ー それからしばらくして『Balancing Acts』としての活動を開始したわけですが、何かきっかけとなるような出来事があったんですか?

 

Ben:17歳でクライミングのワールドカップに出場したとき、トップレベルの選手たちと対峙してふと思ったんだ。これは、自分が好きだったクライミングではない、と。僕は2つのクライミングの世界で育った。1つは家族の世界。自然を探索し、風景の中を動いていくクリエイティブな行為。僕が好きなクライミングの在り方だね。もう1つは、スコアボード上で評価される世界。これが僕には合わなかった。大学進学で地元を離れる頃にはすっかり燃え尽きていて、競技を続ける経済的余裕もなくなっていた。だから一度クライミングから離れて、スケートやアートに没頭したんだ。そこには表現やコラボレーションがあって、大切なのは順位ではなく“自分が どう在るか”ってことを学んだんだよね。

 

ー なるほど。それで?

 

Ben:それから25歳の頃、地元のバンクーバーに戻り、スケート仲間たちを誘ってまた外岩に通うようになった。そのときに自分の中で腑に落ちたんだよね。僕は一定の期間クライミングから離れていたけれど、問題はクライミングそれ自体ではなく、“僕自身”が見られていなかったことだったんだよね。

 

ー スコアや称号で語られるようになってしまった、ということ?

 

Ben:うーん。少し違うかな。当時、クライミングにおける価値ってそのほとんどが身体性や強さだったんだよ。まだ過渡期とも言える頃だったから、クリエイティビティやカルチャーなんかとは程遠い状態で、少し奇妙な状態に思えた。完全に死んでいたわけではないけれど、少なくとも90年代なんかとは決定的に異なる状況にあったんだよね。

 

ー 異なる状況、ですか。

 

Ben:うん。僕は一昔前のビデオや雑誌を通じて、クライミングには多様なスタイルがあることを知っていたけれど、自分の同世代を見ると、そこにあるのはパフォーマンスだけだった。自分と感覚を共有できそうな人たち、つまり、自分を表現したくて、創造的で、そして肩の力を抜きながらクライミングに興じたい人たちを見つけるのは難しいと感じた。だから、欲しいコミュニティができるのを待っている必要はない。自分でつくればいいと思ったんだ。

 

ー 『Balancing Acts』は自分自身のために始めたコミュニティだった?

 

Ben:そうだね。正直に言えば、『Balancing Acts』の最初の衝動は少し利己的だった。ただ友達にクライミングの魅力を共有したかったんだよね。思春期の頃、クライミングはクールとは思われていなかったし、少し滑稽なものであると誤解もされていた。それを、スケートで出会った創造性やカルチャーの視点から再構築したいと思ったんだ。

ー 最初は何から始めたんですか?

 

Ben:まず仲間たち6人で道具を持ち寄って、ゆるいワークショップから始めることにした。まったくの非公式だったんだけど、それが妙にしっくりきてさ。今もそうだけどその頃から無計画で、ただ自分たちの感覚を信じてこれまで続けてきたんだ。助成金を受け取りながら、ずっと欲しかったコミュニティを少しずつ形にしていくことにしたんだよ。

 

ー 『Balancing Acts』では、ニッチなコミュニティに光を当てていますが、Ben自身はストーリーテラー、もしくはキュレーターとして、どのような責任を感じていますか?

 

Ben:すごくシンプルで、人が「見られ、聞かれ、安心して挑戦できる場所」をつくることかな。僕は『 Balancing Acts』の活動をちょっとした“社会実験”のように考えているんだ。「もしもこれまでクライミングをしてこなかった人たちがクライミングを再発明したら、どんなスタイルや価値観が生まれるだろう?」ってさ。そう考えるとすごくワクワクするんだよ。

 

ー それはすごく面白そうですね。

 

Ben:そうでしょ? だからこそ、僕自身がゲートキーパーにならないことが大事。もしも僕がコミュニティ内で唯一の「教える側」になってしまうと、ヒエラルキーが生まれちゃうでしょ? それって僕が好まないクライミングの在り方だからさ。確かに、僕には知識だって経験だってある。でもそれは、求められたときに差し出すものであって、押し付けるものではない。僕はよく、自分を「拡声器」と表現するんだけど、『 Balancing Acts』の声は僕自身から発せられるものではなくて、僕はただ、みんなの声を増幅する存在だと考えているんだ。

ー Ben自身は、これまでどんなスタンスを大切にしてきましたか?

 

Ben:これもいたってシンプルで、誠実であること、敬意を持つこと、遊び心を持ち続けること。僕が作るコミュニティでは、人が安心して自分でいられる環境をつくることを大切にしているよ。

 

ー そのような考えに至るまで、実にさまざまな変化があったんでしょうね。

 

Ben:そうだね。若い頃は、自分を証明することに必死だった。自分をすり減らしてでも、他人に与えることを選んできた。結果、心身ともにボロボロになったけどね。だから今は、活動の意義と持続性を守ることを優先しているんだ。クライアントとの関係も一緒で、『Balancing Acts』が奉仕する存在にはなりたくない。むしろブランドが、こうした“本物”から恩恵を受ける側だと思うようにしてる。だからあえて小さく、ゆっくり進めることもある。コントロールのためではなく、大切なものを守るために。長期的な視点を信じること。それが今のスタンスだよ。

 

ー それはクリエイターとして?もしくは一人の人間として?

 

Ben:正直、「クリエイターのBen」と「Balancing ActsのBen」の境界はかなり曖昧になってきているね。アンバサダー、アーティスト、コミュニティビルダー、さまざまな顔があることは自覚しているけれど、どれも全部自分だから。

 

ー 今後、『Balancing Acts』はどのように変化していくと思いますか?

 

Ben:ひとまずは近い将来、『Balancing Acts』の歩みをまとめた本を出す予定なんだ。記憶やSNSだけでなく、手に取れるアーカイブを残したい。この数年でクライミングは大きく広がったよね。『Balancing Acts』を始めた頃と比べると、コミュニティは確実に開かれてきていると感じるよ。

 

ー それはBenの活動が寄与している部分も大いにあるよね?

 

Ben:どうだろうね。確かに「やるべきことはやった」と思う瞬間もある。でも今は、システムそのものに働きかけたい気持ちが強くてさ。都市部の岩場開発だったり、公園への無料クライミング設備の導入だったり。都市の中で日常的にクライミングを楽しめる環境づくりとかね。

ー それはすごくいいですね。

 

Ben:ワクワクするでしょ。たとえばロンドン東部のショーディッチでは、あるアーティストの主導でクライミングができるくらい大きな岩を公園に移設して、20年を経てコミュニティの拠点になった。僕もそういう場所を増やしていきたい。スケーターにとっての街中の縁石みたいに、クライミングも都市の日常のなかにあると良いよね。

 

ー クライミング人口を増やしたい気持ちがある?

 

Ben:もちろんそれも大事。だけど人口が増えるのは結果に過ぎなくて、僕が目指しているのは「クライミングの意味を変えること」かな。岩は遊び場であり、表現のキャンバスなんだ。征服や称号のために存在しているものじゃない。クライミングはスポーツである前に“行為”であって、世界との関わり方そのものなんだよ。

 

Graphic Design&Photo_Leo Arimoto

Interview&Text_Nobuyuki Shigetake

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