1982年、カリフォルニア州・ヨセミテの岩から誕生。確かなスペックと西海岸由来のレイド・バックなムードも手伝ってか、スケーターやサーファー、ヒッピーが好んで着用するなど、時代とともにさまざまなカルチャーと結び付いていったGramicci。アウトドアやクライミングはルーツであり、軸であるが、あくまで一側面。また別の側面からGramicciを形作るのはサブカルチャーにほかならない。本連載では、多様なカルチャーに精通するショップオーナー、クリエイターにインタビューを敢行。ブレない姿勢と心構え、自らのスタンスで立つ彼ら彼女らにとってGramicciはどのような存在なのだろう? 第3回は、MOBLEY WORKS(モーブレーワークス)の鰤岡力也さんのもとへ。
『ギャラップ』『デポー39』を経て独立した鰤岡力也による家具スタジオ。2010年設立。『Paddlers Coffee』『KITTE 旧東京中央郵便局長室』『松㐂』など店舗の内装設計、家具製作を手がける一方で、オリジナル家具の企画・販売も行う。

ー 鰤岡さんのインテリアの原体験から聞かせてください。

 

鰤岡:アメカジファッションに傾倒していた中学生の頃に訪れた、原宿の『プロペラ』というお店の内装が今でも印象深く記憶に残っていて、インテリアを面白いと思ったのはその体験がきっかけですね。あとから知ったことですが、『プロペラ』はアメリカから仕入れた枕木で内装や什器を仕上げていたそうで、油分を含んだ木材の独特な香りが店内に立ち込めいていたのをよく覚えています。多分、アメリカの古材で内装を作った、日本で一番最初のお店だったんじゃないかな? もう20年以上前に閉店しちゃいましたけどね。

 

ー 『プロペラ』というとアメリカのアウトドアファッションのメッカ的なお店ですが、その後、鰤岡さんが勤めていた『ギャラップ』と運営元は同じですよね。

 

鰤岡:そうそう、同じです。『ギャラップ』は『プロペラ』『バックドロップ』といったアメカジファッションの老舗店を運営する会社のインテリア部門ですね。

 

ー もともと家具や木工に興味があったんですか?

 

鰤岡:全然。家具に興味を持ったのは仕事としてやり始めてからです。

 

ー むしろファッションがお好きだった?

 

鰤岡:うーん、それなりに好きなほうでしたけど、振り返ると、アメリカのファッションやカルチャーに限らず、アメリカの空気そのものに憧れていたんですよね。『ギャラップ』や『プロペラ』『バックドロップ』はアメリカで流行しているモノを売っています、というよりはアメリカの空気自体を持ってきて売っているような印象があって。あの頃の僕にとって、この3つのお店は一番身近なアメリカでしたし、提案するものすべてが輝いて見えたんですよね。働きながら、いろいろと買っていました。Levi’sの『501®︎』はもちろん、当時、他では手に入らなかったVansonのライダースジャケットとか。

20年選手の私物の『G-SHORT』。夏は作業着としても活躍する。

ー 今日持ってきていただいた『G-SHORT』もその頃に購入されたものですか?

 

鰤岡:これは20年前くらいの2000年代前半、独立してすぐの頃に買ったものです。20代の頃はかなり愛用していたから、もうずいぶんと色が抜けていますね。当時は今ほど洋服の選択肢が多くなくて、僕の周りのアメリカ好きはLevi’sのデニムを穿くか、Gramicciのクライミングパンツを穿くか、みたいな感じでした。いわゆるワークパンツとは違って、もっとアメリカの日常着っぽいというか。買ったそのときから柔らかくて穿きやすいし、当時の日本のヘビーデューティ推しのアメリカンカジュアルウェアとしては、少し珍しい立ち位置のパンツだったかもしれないですね。

G-SHORT

1980年代、クライマーが求める機能をすべて搭載した革新的なパンツとして誕生して以来、長年にわたって愛され続けるGramicciの定番ショーツ。代名詞的なディテールは、180度の開脚を可能としたガセットクロッチと片手で調整できるウェビングベルト&イージーウェスト。素材に採用されている頑丈なコットンツイルはハリコシがあり、激しい動きにも耐える。

ー 鰤岡さんは、何やらパンツにはこだわりがあるそうで。

 

鰤岡:そうなんですよ。仕事柄、家具を作る工程でかがむので、膝に穴が空いてしまうんですよね。それに以前の工場は夏になると熱がこもって、耐え難いほどに暑くて(笑)。だから、分厚いダック地のタフなパンツは穿いていられない。そこで、膝が強くて、程よく生地が薄くて、夏でも涼しく穿けるパンツを友人のブランドのENDS and MEANSに別注して作ってもらいました。足を出したくない作業のときは基本これですね。

ダブルニー仕様のワークパンツは、鰤岡さんをはじめ、MOBLEY WORKSの職人たちの作業着。

ー ニスの染みで良い味が出ていますね。

 

鰤岡:そうでしょ? これが黒とか紺とか、汚れが目立たない色だと作業着に付着したニスや塗料に気が付かず、せっかく作った家具を汚してしまう可能性があるので、あえて汚れが目立つように白で作ってもらっているんです。それと、ロールアップすると折り返し部分に木片が入っちゃうから、やや短めの丈にしてもらっています。

 

ー なるほど。これは確かに既製品にはない、鰤岡さん仕様ですね。

 

鰤岡:ワークシャツもあると良いなと思って、サンプルを作ってみたりしていますけど、洋服作りはこだわり始めたら本当にキリがないですね。沼って感じです(笑)。

ー 家具職人として独立して20年以上、MOBLEY WORKSは創業から14年ほどになりますが、鰤岡さんが考える「良い家具」ってどんなモノでしょう?

 

鰤岡:持論だけど、ある程度の既視感は大事かもな、と思っています。家具において“初めて見るもの”や“見慣れないもの”って受け入れるのが難しいところがあるから。僕自身は数十年前とさほど変わらないクラシックな技術で作っていますが、家具の歴史の中で作られてこなかったデザインのものって、使いづらいとか、耐久性が低いとか、それなりに理由があるんじゃないかなって思います。

 

ー “ある程度の既視感”を意図して作るのには、引き出しの多さが必要不可欠ですよね。

 

鰤岡:家具作りを始めたばかりの頃は、参考になりそうな海外のインテリア雑誌を本当に穴が開くまで読み込みました。全部暗記していたくらい、インプットに貪欲でしたね。でも、今となっては引き出しはそんなに多くないと思いますよ。「自由にやっていい」と言われたら、やっぱり僕が好きな感じにはなっちゃうので。

 

ー あくまでデザイナーではなく、クラフトマンというか。

 

鰤岡:うん、そうですね。家具や内装にも流行があって、デザイナーはそういうのに合わせることができると思うんですよ。でも僕は、自分が好きなものしか作れない。それに、コミュニケーションが上手な方ではないので(笑)、僕があれこれ喋るよりも、作ったものを通して僕を知ってもらうのが一番嬉しいなって。

ー また漠然とした質問で恐縮ですが、鰤岡さんが考える、家具作りの楽しさとは?

 

鰤岡:基本的にはずっと楽しいですよ。家具が作れて良かったな、と感じるのは、ずっと本で見ていて「かっこいい家具だなぁ、どんな使い心地なんだろう?」と思っていた家具を、写真から図面を引いて、自分で再現できることですね。ここ最近も、以前からずっと作りたかった家具があったので、ちょっと時間ができたから作ってみました。そのソファなんですけど。

 

ー あ、僕が座っているこれですね。

 

鰤岡:1950~60年代の、スカンジナビアスタイルの家具メーカーが作っていた『Day Dreamers Sofa』という、昼寝用のソファを再現してみたんですけど、海外の家具の本に載っていて、20年前くらいからずっと気になっていたんですよね。そういった貴重なヴィンテージ家具を目黒通りで探さなくて済むので、自分で作れてよかったなって思います(笑)。

 

ー 「今後作ってみたい家具」のようなものは、他にもたくさんあるんですか?

 

鰤岡:数え切れないほどありますね。幸いにも、ご依頼をいただく際には「MOBLEY WORKSらしく」とオーダーしていただくことが多いので、内装をやるときにアレコレ試させてもらっています。

ー 内装も携わるようになったきっかけは?

 

鰤岡:MOBLEY WORKSを立ち上げた初年度に依頼してもらった『LOCAL』という眼鏡屋さんからのお仕事で、什器だけでなく、内装までやらせてもらえたんですよ。そのときは蓄えていた引き出しを全部駆使して空間を作ったから、すごく自分が好きな仕上がりになって。それを見た友人から「幡ヶ谷にコーヒー屋をオープンするから内装をやってほしい」と依頼をもらったんです。それが『Paddlers Coffee』ですね。この2つのお仕事は駆け出しだったこともあって、特に思い出深いです。どちらも事前にいろんなことを決めず、ライヴで仕上げていったので、不安がられましたけど(笑)。

 

ー 内装は以前からやりたいと思っていた?

 

鰤岡:ずっとやってみたいと思っていました。結局、かっこいい家具を作っても、それを置く空間がかっこよくないと、どこかチグハグになっちゃうんですよね。いい空間に置いてこそ本領発揮するというかね。だから、空間ごと任せてもらえたのは嬉しかったですし、確実に今に繋がっていると思います。

ー 家具における「アメリカっぽさ」は感覚的には理解できるのですが、具体的に何か、デザイン的な工夫で演出できるものなんですか?

 

鰤岡:デザイン面もあるにはあると思いますが、もっと手前の話で、素材に何を選ぶかですね。やっぱりアメリカの木材を使うとグッとアメリカっぽくなるんですよ。

 

ー それは、木目だったり、色だったり?

 

鰤岡:はい。日本の木はやっぱり和風っぽくなっちゃうんですよね。テーブルを作ってもなんとなくちゃぶ台っぽくなるというか(笑)。どっちが良い、悪いとかではないですけどね。

 

ー なるほど。

 

鰤岡:『Paddlers Coffee』はポートランドのコーヒーカルチャーをリスペクトしているから、内装は全部オレゴンの木材で作ったんです。そうするとやっぱり「あっちっぽい」雰囲気が出るんですよ。感覚としては、70年代のレコードを70年代のオーディオシステムを使って、作られた当時の空気感で聴くような感じかもしれないですね。

 

ー なるほど、すごく面白いです。もうちょっとデザインの話を聞きたいのですが、鰤岡さんの基本になっているスタイルは?

 

鰤岡:影響を受けたのはミッドセンチュリーと呼ばれる70年代のスタイルと、シェーカースタイルからはすごく影響を受けていると思います。

 

ー シェーカースタイル。聞き慣れない言葉です。

 

鰤岡:シェーカーと呼ばれている、自給自足で生活するアメリカのキリスト教の集団がいるんですよ。その人たちが作った家具がシェーカースタイルと呼ばれていて、それがすごく好きなんですけど、僕だけでなく、家具を作る人だったらだいたいは通っていると思います。

ー 自給自足をしている人たちが作った家具ということは、そんなに難解な作りではなく?

 

鰤岡:それが、けっこう作りは凝っているんですよね。ヴィンテージで出てくるようなものでもなくて、むしろ博物館とかに飾られているようなものです。今見てもすごくモダンで、めっちゃかっこいいんですよ。シェーカースタイルに関する話で、少し脱線してもいいですか?

 

ー もちろんです。

 

鰤岡:このシェーカースタイルを日本に広めた藤門弘さんという方がいて、個人的にすごく憧れているんですが、2年ほど前に、藤門さんが運営している『アリスファーム』という、北海道の農場に行ってきたんですよ。事前にアポイントを取るために連絡したところ、僕の熱量が高すぎたらしく「その気持ちには応えられない」と藤門さんからは言われてしまったんですが(笑)、結局、たくさんお話もさせてもらって、すごくありがたい時間でした。

 

ー 心の師匠のような存在というか。

 

鰤岡:そうですね。ボロボロになるまで読んだ藤門さんの著書にサインをもらおうと思って、途中で寄ったセイコーマートでマジックペンを買おうとしたんですが、太さが3種類あって、10分くらい迷ってしまうほどにはうっすら緊張していて(笑)。テンガロンハットを被ってブルーベリーを育てている、アメリカンスタイルを体現したすごくかっこいいファーマーなんですよね。

ー 藤門さん以外にも師匠のような存在っていたりするんですか?

 

鰤岡:師匠とは少し違うかもしれないですが、ありがたいことに「この人と知り合ってから流れが変わったな」って人は何人かいます。そもそも流れに逆らわずに生きてきて、家具に辿り着いたようなところもありますから。たとえば近年だと『Paddlers Coffee』の松島くんもそうだし、そこにデッキが置いてある、写真家の平野太呂さんもそうです。太呂さんにはずっとお世話になっていて、MOBLEY WORKS周りの写真を撮っていただいていますし、ご自宅の造作家具も作らせていただきました。

ー 平野さんとは釣り友達でもありますよね。釣りはずっと、昔から?

 

鰤岡:ずっとやっていますね。釣り目的で日本各地に足を運ぶこともあるんですけど、特に東北に行くことが多いから、東北の木材なんかも使っていけたら良いな、と最近考えています。アメリカの木材も好きなんですけど、コロナ以降、輸入するのにすごくお金がかかるようになっちゃって。日本の木材を見直すタイミングがきたなって思っています。最近工場を引っ越して、この事務所も併設したんですけど、ここの内装も日本の木材でいろいろと試してみたんです。窓の枠とかは全部東北のクリ材を使ってるんですよ。

 

ー あ、本当ですね。木目がちょっと和風な感じがします。日本の木材も使っていくとなると、現地に足を運んで、選びながら買えるのはいろんな意味でメリットがありますよね。

 

鰤岡:うん、そうですね。毎回アメリカのものを使うとなると、そうはいきませんから。やっぱり現地で実物を見ながら選ぶのってすごく良いなって思います。スタッフも連れて行けるし、各地に友達もいるし、釣りもできますから(笑)。

Photo_Daiki Endo
Graphic Design_Misato Imura
Text&Edit_Nobuyuki Shigetake

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