今やファッションとして日常に根付いているグラミチだが、ルーツは紛れもなくクライミングにある。それは、1970年代に“ストーンマスター”と呼ばれた伝説的ロッククライマー、マイク・グラハムによるクライミングパンツに端を発するブランドだからだ。本連載では、クライミングに心を掴まれたクライマーたちのメンタリティやライフスタイル、クライミングとの向き合い方に迫る。改めてグラミチの原点を辿る道標には、図らずも今を生き抜くエッセンスが内包されていた。
小山田大
小山田大
NAME
小山田大
TITLE
プロフリークライマー
AREA
日之影エリア
PROFILE
1976年生まれ、鹿児島県出身。世界各国の最難関課題を次々と完登し、日本におけるクライミング史の礎を築き上げた最重要人物の一人にして、世界にその名を轟かせ続けるプロフリークライマー。現在は日本中の山々を巡り、未知なるクライミングエリアの開拓に尽力している。休みの日も岩探しに時間を費やすという、骨の髄まで生粋の最強クライマー。
“小山田 大=日本のクライミング史”といっても過言ではないほど、氏がクライミング界にもたらした功績は偉大だ。それは「誰のためでもなく、ただ岩登りが好きなだけ」と語る小山田さんの意に介さないとしてもだ。そんなクライミングに人生を捧げるリビングレジェンドの肉声を聞くべく、現在開拓作業を続けているという宮崎県の日之影エリアへと向かった。
―――まずはクライミングを始めたきっかけから教えていただけますか?

鹿児島で生まれ育ったのですが、実家の周りが山で囲まれた環境ということもあり、小さいころから自然と山で遊ぶのが好きだったんです。そして、15歳くらいのときにその延長線上で岩登りを始めるようになり、すぐにのめり込んでいきました。放課後に自転車で近くの山に通っていたのですが、高校生になって原付バイクを手に入れてからは、ガイドブック片手に熊本まで遠征に行ったりしていましたね。

―――誰かに教えてもらうのではなく、独学で実力をつけていったんですね。

その当時、クライミング自体がマイナーでしたから一人で色んな岩を登りながら学んでいきました。でも、幸いなことに僕は一人の時間が好きだったので、クライミングとの相性は良かったのかもしれません。岩と自分だけという純粋な時間をかけて、岩に教えてもらったって感じですかね。

―――高校卒業後は、すぐ海外に?

岩に登ることだけを目的に1年間ヨーロッパに行ったんですが、その時点でもう、クライミングで食っていこうと腹を括っていました。最初の3ヶ月は南仏のエクサン・プロバンスへ。当時、クライミング界はフランス全盛期だったり、憧れのクライマー・平山ユージさんも住んでいた場所っていうのもあって。
そのときは確かお会い出来なかったんですが、日本に帰国してすぐ有明の日本選手権に出場した際、平山さんに勝って優勝しちゃったんですよ(笑)。そのタイミングで初めてちゃんと話したんですが、フランスで僕が結構難易度の高い壁を登っていたことを知ってくれていたみたいで、とても嬉しかった記憶があります。
―――コンペティターとして輝かしい実績を積むなか24歳で大会に出場するのをやめ、日本人で初のプロフリークライマーへの道を歩み始めた理由を教えてください。

そもそもプロになるためにはコンペに出るしかなかったんです。自然の岩が好きで始めたのに、人工の岩を登っていることにはずっと違和感を抱いていました。2000年くらいに、フレッド・ニコルのような岩場だけで活動していくプロクライマーがちらほら現れたのも相まって、僕もやっていけるのではないかと思ったんです。そう決めてからは、世界各国にある有名課題の第二登を狙って完登し続けました。そうすることで、クライミング界では大きな話題となり、名前が知れ渡っていくんです。
今では、ジムで働いたり、ルートセッターなどクライミングで食べていく道がいろいろありますが、その時代はとにかく岩場で目立っていくという方法しかなかった。結果として、日本人で初めてのプロフリークライマーになることができました。
―――これまで数々の高難易度の課題を完登してきたかと思いますが、そのなかで印象深い一本を教えてください。

パッと思い浮かぶのは、当時最難関課題だったドイツの「アクション・ディレクト」ですかね。世界で一番有名かつクライミング界のスーパーヒーローであるウォルフガング・ギュリッヒが1991年に初登した憧れのルートだったので。彼はその翌年に亡くなってしまったのですが、お墓参りに行ったくらい大好きなクライマーの一人なんです。
クライミングを始めたころからの夢であり、目標でもあったこの課題を登れたことは大きかったですね。

―――ほかにも数えきれないほど、たくさんの思い出がありそうですね。

いや、まだまだ振り返っている余裕は全然なくて、むしろ次へ次へって感じです。もう少し思い返すのは、後の人生に取っておこうと思います。
―――グラミチとの出会いについてお聞きしたいです。

17歳くらいのときですかね。実は、初めて買ったクライミングパンツがグラミチなんです。確か個性的な緑色をしたパンツだったような気がします。実際周りのクライミング仲間もグラミチばっかり穿いてましたね。

―――それはとても光栄です。今回、久しぶりに穿いてみてどうでしたか?

コットン地のパンツを穿いて登ること自体久々だったんですが、動きやすかったですね。普段クライミングをするときは化繊でなるべく軽いものを選んでいるんです。それこそ、秤で測って1gとかまでこだわるくらいなので。

―――ストイックさがハンパじゃないですね。

グラミチにも、本当にリアルなクライミングパンツがあるといいなぁと思います。カッコよさは既に証明されているので、そこに軽さだったり、より機能的な要素を注入してもらって。そのうえで後々バキバキのクライミングラインとかが出来ると、ブランドイメージにも厚みがでると思いますし、今後に期待しています。
―――現在の主な活動について教えてください。

今の自分のクライミングスタイルは開拓です。簡単に言うと、山を巡って、岩を登って、ひとつのクライミングエリアとして公開すること。もう10年くらいになりますが、きっかけは自分の作品を残していきたいと思ったからです。
エリアを開拓し初登することで、自分の名前を刻むことができる。初登はクライマーにとってとても特別な行為なんです。他人の足跡を辿るのではなくゼロから道を作る。記録ではなく記憶に残したいという想いに掻き立てられている感じですね。

―――開拓とは具体的にどういったフローで行うものなんでしょうか?

まず、山の所有者に岩場の使用許可をもらうところから始まります。そこから、道を作ったり岩の掃除をしたり木を切るなど、実は岩登り以外の作業が結構あってほぼ土木作業ですね。それが整った後にやっとルート開拓が始まる。時間とエネルギーは必要ですけど、とにかく楽しいですよ。

―――かなり大変そうですね。現在は宮崎県の日之影エリアを開拓中ですよね?

日之影エリアはもともと公開されている岩場で、熊本県にあるクライミングジム「ザ・ランチ」の清川さんが取り仕切っているエリアなので、彼に話を通すところから始まりました。
面白いのは、ここにはボルダラーではない地元の有志を募って形成されているボルダリング支援会があるんです。ボルダリングを通じて地元を盛り上げようという目的があるのですが、そこと連携して開拓を進めています。
―――日之影エリアの魅力はどこにありますか?

ロケーションがいいのは大前提なのですが、既に全体で1000本くらいは課題があるにも関わらず、まだまだたくさん未開の岩場があり、ポテンシャルに満ちていることでしょうか。3年ほど前から作業を続けていて、現時点で20本くらいは開拓できました。今年の秋に日之影エリアのガイドブックを出す予定なので、その作業も並行して行っています。

―――開拓をするうえで一番のハイライトはどこなのか気になります。

山を歩き回って、凄い岩を見つけたときが一番興奮しますね。お宝発見!みたいな。簡単すぎても難しすぎてもダメで、限界ギリギリのところでラインが繋がっているようなね。

―――見つけた岩を登り切ったときじゃなく、見つけたときなんですね!

登り切ったときは逆に寂しさを感じるんです。まだここに居たかったなと。だって、登れてないときはずっとそこに通えるわけですからね。
―――今後のクライミング界に対して想いがあれば教えてください。

正直、基本的には自分が登り続けられればいいんです。ただ、開拓したエリアの副産物として実際その町の活性化に繋がっている側面もあるので、そこにはやりがいを感じていますね。クライミングをまったく知らないおっちゃんとかが、自分の地元に人が来ることを喜んでくれたりもするので。
ん~、クライミング界だったりクライマーに対しては、あんまりないかな~。若手育成とか、全然ダメだと思います(笑)。

―――(笑)。でも、その背中を見せるだけで、十分なんだと思います。では、ご自身の目標に関してはどうでしょうか?

まだ体が動くので開拓は続けていきたいと思っています。岩登りに関しては、海外ならスイスに行きたいなぁとか思いますが、実際今ここ宮崎の山を歩き回っていても、魅力的な岩と本当にたくさん出会えるので、日本で十分というか、日本をもっと掘り下げるのもいいなと思っています。

―――最後に小山田さんにとってクライミングとはなんでしょうか?

その名の通り、岩登り。
それ以上でも、それ以下でもないですね。
Photo:Tetsuo Kashiwada(NewColor inc)

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