今やファッションとして日常に根付いているグラミチだが、ルーツは紛れもなくクライミングにある。それは、1970年代に“ストーンマスター”と呼ばれた伝説的ロッククライマー、マイク・グラハムによるクライミングパンツに端を発するブランドだからだ。本連載では、クライミングに心を掴まれたクライマーたちのメンタリティやライフスタイル、クライミングとの向き合い方に迫る。改めてグラミチの原点を辿る道標には、図らずも今を生き抜くエッセンスが内包されていた。
伊藤剛史
伊藤剛史
NAME
伊藤剛史
TITLE
ボタニクス 代表/ルートセッター
AREA
ロクボク
PROFILE
1979年生まれ、奈良県出身。19歳から25歳までアパレル会社に勤務。退社後26歳からクライミングを始め、30歳でワールドカップに出場するという驚異の経歴を誇る。現在はクライミングジムの曲面壁を制作するボタニクスの代表を務めるほか、ルートセッターとしても活動。美しい自然を残す山梨県北杜市を拠点とし、全国各地を飛び回る日々を送る。自然派ワイン好き。
目の奥に宿る強い信念と、肩の力が抜けた優しい眼差しを併せ持つ伊藤剛史さん。それは、選手としてワールドカップに出場した経験がある一方、現在は裏方としてジムの壁を制作したり、ルートセットを生業とするように、クライミングの表裏を熟知しているからなのかもしれない。伊藤剛史というクライマーの山麓から山頂までを、氏が運営する「ロクボク」でお聞きした。
―――クライミングを始めたきっかけはなんですか?

19歳から25歳までアパレル会社に勤務していたんですが、このまま続けていくかどうかいろいろと悩む時期でした。そのときふと、昔から運動が好きなことだったり、学生時代に棒高跳びの選手としていいところまで行ったことを思い出したんです。
そこで、会社を辞めて消防士になろうと思い立ち、1年間勉強することに。その際、地元の友達に誘われてなんとなくクライミングジムに初めて行くことになったんですが、とにかく面白かった。間髪置かずに2回目も行ったんですが、その日の夜、日本一とか世界一になる夢を見たんです。

―――夢にいきなり出てきたんですね! その日を境に消防士からクライマーに方向転換したと?

そうなんです。大阪のクライミングジムで働きつつ、窓拭きの清掃をして生計を立て始めました。余談ですが、昔は高いところに登って窓を拭くという仕事は、ロープ技術とかも含めてクライマーしか出来なかったんです。で、トレーニングはガチで週7日以上してましたね(笑)。だって皆、若いじゃないですか? 当時、東京にはクライミング技術を教えてくれる人はいたんですが、関西にはいなかったこともあり、とにかく登りまくれば強くなるんだと、信じるしかなかったんです。
―――その努力もあって、クライミングを始めてから4年後の30歳にはワールドカップに出場するまでになったんですよね?

でも、体の悲鳴は日に日に大きくなり始めていました。もともと、耐久性は高かったので、なんとか耐えられたんですが、もうワールドカップ直前にはドクターストップもかかるくらいで。でも、その警告も無視して続けました。
そして、ワールドカップの直前にフランスのフォンテーヌブローという聖地に遠征した際、スリップして腰を打っちゃったんですけど、その帰りの飛行機で足が痺れて上手く動かなくなってきてしまって。日本に帰ったら階段も登れないし、うどんも吸えないみたいな状態に。しかし、せっかく掴んだチャンスなのでワールドカップには出場しました。ボロボロの体だから、一本登るともう、全身が痺れまくっちゃって、成績的にはほぼビリみたいな。結果的に、それが最初で最後の大舞台になりました。

―――クライミングの何が伊藤さんをそこまで突き動かしたんでしょうか?

棒高跳びをやってたときもそうだったんですけど、何かを成し遂げたいっていう気持ちを掻き立てられたことが一番の理由だと思います。
後、最近わかったことなんですが、僕はサディストでもありマゾヒストでもあるんだなって。自分を苦しめつつ、そこから受けるストレスを楽しむ、みたいな。クライミングには、その両面が潜んでいるように思いますね。
―――30歳で選手を引退し、そこからボタニクスを立ち上げ、クライミングウォールを制作するようになった理由はなんですか?

当時クライミングジムって、運営だけじゃなく壁自体も自分たちで作っているところが多かったんです。作り方を見ていると、壁の裏側に隙間ができているにも関わらず、それをコーキングでそのまま埋めたりするのが一般的だということに気づいたんです。見えない部分だからとはいえ、それをそのまま世に出すというモノ作りの姿勢にどうしても納得できなくて。
確かに、そもそもクライミングジムの成り立ちは、50年くらい前、岩場に行けない雨の日の練習場として、ガレージに単管をつけてそれに板を貼ったのが始まりなんですけど、その流れを断ち切りたいと思ったんです。ちゃんとした造形物を作りたいって。

―――その答えが曲面壁だったということですね。そもそも、曲面壁とはどういうクライミングウォールなんですか?

まずデメリットからお伝えします。クライミングってホールドをつけてなんぼなので、壁だけではもちろん成立しない。で、ハリボテっていう大きなホールドがあり、これはクライミングに面白みをプラスしてくれるものなんですが、真っすぐな壁には取付けられても、曲面壁には取り付けづらいんです。
しかし平面の壁は、壁と壁を繋ぐ境目がパキッとしすぎていてニュアンスが出ない。その点、曲面壁は全体として途切れることがなく美しいのが特徴で、クライミングジムという空間にそれがあると、とにかく心地いいんですよね。
曲面壁の制作は、民藝にも似ているような気がしています。デザインのあるお茶碗を作ったとしても、使いづらかったら意味がないじゃないですか? だから、実用とオブジェのバランスは常に意識しています。また、曲面壁は美しさだけでなく自然の岩場に近いニュアンスが出せるので、外岩に行くためのより実践的な練習ができるというメリットもあります。
―――では、実際に曲面壁はどのように制作しているんですか?

先ほどの通り、単管に板を貼るというのが一般的な壁の作り方なんですが、曲面壁は簡単にいうと、角材を上手くシェイプしていって、それを滑らかに繋ぎ合わせたフレームに合板を貼りつけて制作します。つまり、合板を剥がしたとしてもそこに空洞は存在しないうえ、強度もあるというわけです。

―――だからこそ、この連載でも取材した「TSS」のマサヤ・ファンタジスタさんや、「オーサムクライミングウォール」の永山貴博さんも信頼を寄せているんですね。

もちろんお金も時間もかかりますけど、クライミングジムのオーナーにとってはそこが家みたいなものだと思うので、なるべく居心地のいい空間になればと思っています。
―――グラミチにはどんな印象をお持ちですか?

そりゃやっぱり、クライミングから始まったブランドっていうのが一番ですかね。昔からクライミングをやるときはもちろん愛用していますし、機能面でも信頼しています。とくに好きなところはタフな生地感。僕はNO化繊派なので(笑)。ナイロンとかだと岩場で破けやすいですし、タイツとかを下にかますとパフォーマンスが100%出ないので、基本的にはコットンやヘンプで厚手のものを一枚で穿きたい。そういう意味でも、グラミチのパンツは重宝しています。
―――山梨県北杜市にあるクライミングジム「ロクボク」を運営するに至った経緯についてお聞きしたいです。

仕事柄、全国を飛び回っているんですが、そのなかで好きな場所っていくつかできるんです。そのなかで、クライミングを抜きにしても住みたいと思ったのがこの場所で、5年前に移住しました。漠然とクライミングを媒体としたコミュニティを作りたいっていう想いがあって、いろいろな縁が重なって、高根北小学校という廃校の体育館を利用した「ロクボク」を運営することになりました。

―――「ロクボク」のコンセプトはなんでしょうか?

内装で意識したのは、森のなかにいるような自然と調和した空間作りです。使っている木はすべて北杜市のもので、カシ、ナラ、クリ、イチョウなど樹種も豊か。
クライミングに関しては、心地よさと登り具合の共存を目指しました。クライミングだけを考えたとき、登れる場所をできるだけ確保することが重要になってくるんですが、別にここに来てからといって、登らなくてもいいと思っています。なんかここ、居心地いいなぁ、とかでも全然よくて。
そんなマインドにも繋がるかもしれないんですが、競争させたくないというのもあります。なので、普通のジムはグレードや級がついているんですが、それをなるべく排除していたり、課題を自分でアレンジできるまぶし壁を設けています。
今の社会に生きる人もそうだし、僕がやってるルートセッターも順位をつけるためのものなんですけど、根幹そこじゃないことが面白かったりするじゃないですか? だから、周りとか関係なく、自分に対してどうかっていう思考を打ち出したくて。数字に踊らされない感覚を持ってもらえたら人生はもっと楽しくなると思います。そして、ここで終わらずに最終的には岩場に行ってほしいですね。クライミングって、生涯できるスポーツですから。
―――伊藤さんの今後の目標などあれば教えてください。

世界のジムでクライミングウォールを作ってみたいですね。国際ルートセッターのライセンス取得にトライしようと思った時期があったのですが、結局は壁作りとの両立が難しく諦めた過去があって。だから、今度は曲面壁という自分のオリジナリティを活かした造形物で世界に挑戦しようと思っています。

―――最後に、伊藤さんにとってクライミングとは?

終わりなき旅、ですかね。
あのとき見た初夢の続きを、今も歩いているような気がしています。
Photo:Kanta Nakamura(NewColor inc)

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