Climb On !! 2023
安全にアウトドアクライミングを楽しみたい
晴天に恵まれた5月の週末、アウトドアクライミングの一大イベント「クライムオン!!」が開催されました。場所は長野県川上村にある小川山。日本屈指の人気クライミングエリアで、森のなかには大小1,200本以上のルートや180を超えるのボルダーがひしめいています。
イベントのメインプログラムは、レベル別に用意された20本近くのクライミング体験講習です。講師はアウトドアブランド各社がサポートするプロクライマーや、経験豊富な山岳ガイド。彼らが、はじめての人から経験者まで、安全を最優先しながら実際の岩場でクライミングの楽しさや醍醐味を伝えてくれます。
クライミングを始めたいと思ったら、街のボルダリングジムが早道です。けれども、アウトドアの岩場で登りたいと思ったときには、一気に敷居が上がります。身近に経験者がいれば話は別ですが、大多数の人には、文字通り、手も足も出ない状況ではないでしょうか。
Gramicci(グラミチ)が「クライムオン!!」に参加した理由も、そこにあります。
ロッククライミングにルーツを持つ「Gramicci」
Gramicciは、1982年にアメリカ西海岸のカリフォルニアで誕生したクライミングをルーツに持つブランドです。創始者はマイク・グラハムという若くて才能のあるクライマーで、彼は自分が必要とするクライミングパンツを自宅のガレージで手縫いしました。これが、クライミング仲間の間で評判になったことがブランドの始まりです。
当時は専用のクライミングウェアやギアが乏しかったこともあり、グラハムのように、世の中にないなら自分で作ってしまえと考えるクライマーも多く、そこからアウトドアブランドに発展した例も少なくありません。
そうした誕生ストーリーを持つGramicciは、今なお、自由で楽しいクライミングにコミットし、クライミングの楽しさを身近に感じてほしいと願っています。
そこで今回は、Gramicciファミリーの一員であるトップクライマー、中村真緒さんを講師に迎え、「クライムオン!!」での初・中級者向のボルダリング講習を開催しました。クライミングが初めての方から、ジムに通っている経験者まで、多くの方にアウトドアでのクライミングの楽しさに触れてほしいという狙いです。
豪華講師陣による実戦的な講習がはじまった
今回の講習は、半日単位で3回に渡っての開催です。参加者は年齢も性別も、クライミング経験はまちまちでしたが、普段はボルダリングジムに通っていて、「外岩で登れるめったにないチャンスだったから」という参加理由はおおよそ共通しているようです。
「外岩(そといわ)」というのは、「屋外の岩場」という意味のクライミング界独特の言い方です。もちろん、岩場は屋外の自然環境にあるものですが、今はボルダリングジムなど室内ウォールからクライミングを始める人が圧倒的に多いことから、逆にこう呼ばれるようになっています。
最初の課題は、キャンプ場の森をわずか10分ほど歩いたところにあるボルダーでした。「ボルダー」というのはボルダリングの対象となる大きな岩のことで、ロープが必要なスケール感ある岩壁とは区別して捉えられています。
たいていのボルダーは飛び降りても大丈夫そうな高さを登るため、ロープやギアを付けることなく、クライミングシューズと滑り止めのチョークバックさえあればトライできます。このシンプルさが、ボルダリングの大きな魅力といっていいでしょう。
もっとも、実際のトライでは地面に敷くボルダリングマットが欠かせません。飛び降りても支障ない高さとはいえ、落ちるときは、思いがけないタイミングで手や足が滑ったりすることが多いので、万全な姿勢で着地できるとは限りません。また、落ちた勢いでマットの外まで飛び出してしまうことがあるため、「スポット」と呼ばれる着地を補助する人の役割も重要です。
「なにより、ケガなく楽しむことが、ボルダリングで一番大事なことです」と、最初に説明してくれたのは、アシスタント講師の堀創さんです。
「小川山のボルダーは山のなかに位置していますから、足を捻挫しただけで、下山は皆さんが想像している以上にたいへんなことになります。そこがボルダリングジムとは大きく違うことをまずは意識しましょう」
ボルダリングでは着地でケガをしやすく、足を捻挫や骨折すれば、自力で下山できないこともあります。また、救急車は村内に2台しか常駐していないために、小川山のクライミングエリアでケガ人が出れば、それだけ村のお年寄りがリスクにさらされます。「その点まで含めて気をつけましょう」という非常に具体的かつ説得力のある説明でした。
堀さんは今回中村さんをサポートするアシスタント役ですが、もともとW杯で優勝経験のあるトップクライマーで、現在は国内屈指のボルダリングジム「B-PUMP OGIKUBO」に所属しつつ、各大会でルートセッターとしても活躍しています。また写真撮影を担当しながらアドバイスを送る手塚茂季さんは、同じく「B-PUMP OGIKUBO」のインストラクターで、昨年の「クライムオン!!」では講師を勤めたトップクライマー。日本代表選手としてパリ五輪を目指す中村さんを筆頭に、超豪華な講師陣といっていいでしょう。
ゴールは岩の上に立つこと。これがなかなか難しい
「ボルダリングジムではゴールのホールドを両手でつかめば終わりですが、ボルダリングは基本、マントリングして岩の上に立ってゴール。そのため最初にマントリングの練習が必要です」と堀さん。「マントリング」とは、壁部分を登りきった後の、平坦な岩の上に這い上がるときの技術で、アウトドアのボルダリングには必須です。
「まずは、登る前に下降路を確認しておきましょう」ということで、全員でボルダーの周囲を一周して、裏側から安全に下降できることを確認します。
そしていよいよ講習です。最初は講師の中村さんがお手本を示します。当たり前ですが、何ごともなかったようにスッと岩の上に立ち上がり、参加者の皆さんから「おぉ〜」という声が上がります。
次に参加者が順番にトライします。そうして全員が最初の課題をクリアすると、次はやや右側にラインを変えて、少しだけ高さを増した課題に挑戦します。マントリングは、鉄棒にぶら下がって、腰の位置まで体を引き上げるときの、手の平を返す動きに似ていますが、これがなかなか簡単ではない。
手の力で体を引き上げようと苦戦している参加者には、「足の位置が重要ですよ」と講師のアドバイスが投げかけられます。手が重要かと思いきや、意外と足のほうが重要で、いかにいい足場を探して登るか。これが、すべてのボルダリングの基本なのだといいます。
次第にセッションの盛り上がりを見せていく講習
最初のボルダーで数か所ほど場所を変えての練習を終えると、一同は歩いて5分ほど離れた別のボルダーに移りました。見た目はのっぺりとした表面を持つ岩も、よく見ると小さな凹凸や、かろうじて指先がかかりそうな細かいエッジが点在しているのがわかります。こうした手がかり足がかりを拾いながら体を引き上げ、岩のてっぺんを目指します。
マットに座ってクライミングシューズを履き、ソールに付いた泥や木の葉を手でぬぐって立ち上がる。そこで一呼吸を置いてからチョークバッグに手を入れて、両手の平に滑り止めのチョークアップを終え、いざ「手はここ、足はここ」と講師から指示されたスタート地点に手足をセットします。
そうしてスタートから4回、5回と手と足の位置を上げていくと、ついには岩の上に手が掛かり、そこから一気にマントリングでゴール。文字にして書くと簡単ですが、その一手一手がどうしてどうして……。
ボルダリングはわずかな高さの岩を登るだけに、課題の設定の仕方で難易度は大きく変わってきます。思ったよりも、見た目よりは簡単ではないという点もまた、ボルダリングの楽しみのひとつ。何度かトライを重ねてクリアしたときの達成感は格別です。そうやって、一つの課題をおおかた登り終えると、講師は次の課題を示してくれます。
この頃になると、参加者それぞれの得意不得意が明らかになってきます。最初の課題をスムーズにクリアした人が、次の課題でつまづいたり、逆に最初で苦戦した人が次の課題は楽勝にこなしたり……。こうなれば、年齢も性別も関係ありません。いかにも強そうな男性よりも、むしろ女性のほうが登れてみたり、苦戦する大人を尻目に小学生の女子がいとも簡単にクリアしたりもします。
誰かがどこかで苦しんでいれば、下で見守る参加者からは「ガンバ!」と励ましの声が掛かり、核心部を越えてゴールすれば拍手と歓声が湧き上がる。今朝、初めて会った人たちが、共通の課題を前に、不思議な一体感を見せています。
自然の岩場を登ることが好きになった参加者たちの声
この日は4つのボルダーを移動しながら、それぞれ3、4本ずつ課題をクリアしていきました。そのたびに全力で課題にトライした参加者たちは、わずか半日とは思えない充実感と心地良い疲労感に包まれたようです。
岩場での講習を終え、ボルダリングマットを背負って森のなかを下る参加者のみなさんの姿は、すっかり経験豊富なボルダリング愛好家。不安と緊張からすっかり開放され、隣り合う参加者同士で話が弾んでいました。そこで、今日の充実の時間を振り返ってもらいました。
「はじめてで不安でしたが、講師の方に教えられながら、なんとか登りきることができました。今日教えてもらったことを生かして登れればと思います」50代男性
「普段は外岩のルートを登っていますが、普段やらない動きができていい経験でした。次までにボルダリングマットを買おうと思います]
40代男性
「去年も参加しました。娘がボルダー好きなので、娘の希望で参加したのですが、私自身も日頃のストレス解消になりました」40代女性
「難しい課題を登れたし、足を探す動きが楽しかったです」小6女子
「普段はジムでしか登らないので、外で遊ぶというか、自然に触れるのはすごく楽しいですね。娘もいい経験になったと思います」40代男性
「みなさん前のめりで楽しんでいただけて、うれしくなりました。みなさんの成長速度はうらやまし過ぎます。こうやって、みなさんに自然の岩場を好きになってもらえる機会をいただけて良かったと思います。これからも挑戦していただければなと。岩場でまたお会いしましょう」
と笑って語ったのは、講師の中村真緒さん。今は1年中大会スケジュールが入ってくるため、なかなか岩場に行く機会がないのが悩みの種だとか。そんな日本代表選手でも、岩場に行けばひとりのクライミング好き。そんな仲間が増えることはうれしくてたまらない様子です。
最後に堀さんに話を伺いました。講習中は登り方とともに、安全面の注意やルールやマナーをしっかり伝えていたのも、さすがといったところです。
「はじめての外岩でのボルダリングを楽しんでもらいたい、というのがまず第一。そこからボリダリングを自分で続けるにあたって、どれだけ安全に、ケガをすることなく、長く楽しんでもらえるか。そこを今回意識しました。また、チョーク跡のクリーニングや最低限のマナーもみなさん学んでいただけたのではと思います」
また戻ってきたいと思わせる充実の2日間
1日の講習を終えた夕方からは、芝生のメイン会場に特設されたボルダリングウォールでファンコンテストが始まりました。大歓声のなか、2つのクラスでそれぞれ決勝に進出したのは、なんと、Gramicci Iボルダリング講習で顔を合わせた女性二人。EASYクラスの準優勝は小学校六年生のハナちゃんで、プロクライマーが顔を揃えたHARDクラスの準優勝は講師を勤めた中村真緒さん。講習参加者たちが大いに盛り上がったことは言うまでもありません。
その後はピアノとバイオリンのデュオによる演奏と、プロクライマーによるスライド&トークと続き、夜は満天の星空のもと、焚火を囲んで思い思いのキャンプを楽しみます。そんな朝から晩までアウトドアクライミングを満喫する2日間が幕を閉じました。
アウトドアでのボルダリングには、室内のジムでは味わえない数々の魅力に満ちています。心地良い自然の空気なかで体を動かす爽快さ、青空や緑の木々の美しさを感じつつ、また戻ってきたいと思うことでしょう。
なかなか敷居が高いことが難点ですが、堀さんによれば、「いつも通っているボルダリングジムで、外岩に行っている人を見つけて仲良くなるのが早道」とのことです。あるいは、来年の「クライムオン!!」に申し込むという手もある。そう原稿には書いておきましょう。
文:寺倉 力 Chikara TERAKURA